「総務やさん」第1108号
●AI時代、シニアはどのような役割が果たせるのか?
・・・・吉子 泰仁(よしこやすひと)
前回は映画「プラダを着た悪魔」を取り上げましたが、アン・ハサウェイが出演するファッション業界を題材にした映画には、もう一つ「マイ・インターン」(2015年公開)があります。彼女は、短期間でファッション通販サイトを成功させた若きCEOジュールズを演じ、その会社、ABOUT THE FITにシニアインターンとして応募してきたのが、ロバート・デニーロ演じる70歳のベンです。
大学卒業後、電話帳制作会社に40年勤めて引退したベンは、求人広告を見て応募し、ABOUT THE FITにインターンとして採用されます。落ち着い佇まいで、過去の成功体験を振りかざすこともありません。若手の邪魔をせず、価値観を押しつけず、必要な時に静かに支える。相手の話を遮らずに聴き、判断を急がず背景を理解し、若手が自ら答えに辿り着けるよう視野を広げる。組織の文化や歴史を踏まえた助言をする。
このような姿勢が随所に見られます。ベンは自分のためではなく、他者の成長を支える力を発揮し、ジュールズだけでなく周囲の人々に影響を与えていきます。まさにこれからの企業における“シニア”の価値を象徴する存在と言えるでしょう。
ABOUT THE FITという組織の描かれ方も、デジタル社会におけるスタートアップで仕事をする若い社員とシニアという対比、そして発揮している能力の違いが印象的です。
心理学者レイモンド・キャッテルが提唱した「流動性知能」と「結晶性知能」という知能理論が、この違いをよく説明しているのではないかと思います。
流動性知能(fluid intelligence)とは、新しい環境に適応するために、情報を獲得し、それを処理し、操作していく知能であり、直感力や処理のスピード、法則を発見する力というようなものです。
一方、結晶性知能(crystallized intelligence)は、個人が長年にわたる経験、教育や学習などから獲得していく知能であり、言語能力、理解力、洞察力などを含む社会適応力です。
研究によれば、流動性知能は20代後半から緩やかに低下、結晶性知能は60代以降も維持・向上するとされています。映画では、ジュールズは流動性知能により会社を前進させ、ベンは結晶性知能によりメンバーを支えるという、
互いを補完するように能力を発揮していました。
つまり、シニアが持つ結晶性知能は、長年の経験から得たパターン認識や、判断の勘・文脈理解の力であり、AIが進化しているなかでも、まだ代替しにくい領域ではないかと思います。
AIが情報の整理や分析、まとめを高速処理で行うことで企業差や個人差が縮まる現代では、決断し実行することが成否を分けます。しかし、人は現実に戸惑い、悩み、迷うものです。過去の経験から、トラブル時に「何が本質か」を見抜き、若手が見落とす背景要因を補ってメンバーを支えるベンのような人は、観察した情報に“意味づけ”して対処しており、結晶性知能を存分に発揮しているのです。
組織には、文脈を読んで人を理解し、経験を意味づけして相手の心を支えるという領域の価値が高まっていると思います。実際、ChatGPTにチャッピーと名前をつけて多くの人が対話している状況をみると、AIがその役割を担いはじめていることがわかります。
ベンのような“成熟した静かなる影響力”は、教育制度で言えばメンター的関わりでしょうし、リーダーシップ用語でいえば、サーバントリーダーシップに近い存在です。AIが人間の経験や知見をデータ化して溜め込んだあかつきには、人間の関わりが不要になるかもしれません。
では、AIの進化が加速する時代に、シニアになっていく世代は何をすればよいのでしょうのか?
国立長寿医療研究センター西田裕紀子氏の記事では「新しい経験に積極的で好奇心が高いという”経験への開放性”の高さが、高齢期における結晶性知能を高く保つことと関連している」と述べられています。
ベンがインターン応募用の動画で語った印象的な「座右の銘」は、その姿勢を象徴しています。米国での映画公開ポスターにも書かれているキャッチコピーです。
Experience never gets old.
翻訳するなら、「経験は古びない!」でしょうか。映画公開から10年が経ちましたが、まさにこれからのシニアのあり方を示す言葉だと感じます。
【参考】
1.公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット 高齢期における知能の加齢変化
https://www.tyojyu.or.jp/net/topics/tokushu/koureisha-shinri/shinri-chinouhenka.html
2.国立長寿医療研究センター
「高い開放性、勤勉性は、高齢者の要介護発生リスクの低下と関連する」
https://www.ncgg.go.jp/ri/report/20260210.html
