「総務やさん」第1111号
●67億円より大きな損失~手段が目的を乗っ取った代償~
・・・・吉子 泰仁(よしこやすひと)
2023年にデビューした中央線の新型車両「400系」を見たとき、民営化によって公共交通の世界も大きく変わっているなぁと感じた記憶があります。
大阪市営地下鉄は2018年に「Osaka Metro」として完全民営化されました。地方自治体が運営する交通事業としては日本初の事例でした。
「私たちは、最高の安全・安心を追求し、誠実さとチャレンジ精神をもって、大阪から元気を創りつづけます」という理念のもと、2025年度は売上高2,333億円、営業利益528億円、純利益330億円と、民営化後最高業績を更新したそうです。
一方で、大阪・関西万博にかかる190台EVバス問題で、67億円の特別損失が発生しました。先日、導入決定時の経緯や社内手続等が適切であったかを確認することを目的にした社内調査報告書が提出されました。詳細は各自でご確認いただくとして、『安全・安心を進化させ続けるOsaka Metro』として、「不具合を放置し、内部統制が機能せず、安全よりも事業推進を優先した」と受け取られかねない組織の姿が見えてしまったことは、67億円以上に、ブランド価値を大きく毀損したのではないかと感じます。
調査報告書が最も強く指摘しているのは、“異論が届かない文化”です。子会社の大阪シティバスはEVMJ車を最低評価しました。それにもかかわらず、現場の不安は経営層に届かず、「EV導入ありき」の空気により異論が封殺されてしまいました。つまり、組織文化が安全・安定輸送という本来の使命よりも、万博に向けた事業方針や行政的要請を優先する構造に傾いていた結果であるということです。
経営自ら、組織が暴走しないためのブレーキを放棄してしまえば、稟議は形骸化し、判断をチェックする仕組みが機能せず、不具合が続出しても止められない状態になります。このような事例は決して珍しくありません。
今回でいえば、現場からの警告が上層部に無視された結果、無力感や組織への信頼が低下して、現場従業員の士気の低下・サービス品質の低下につながる可能性が考えられます。
組織が市場で持続的に成果を生み出すには、本来3つの合理性が必要だと言われます。
目的に沿って判断できること(目的合理性)、目的に対して最適な手段を選べること(手段合理性)、組織全体が合理的判断を支える構造を持つこと(制度合理性)。
組織が持つべき合理性が崩れたときに何が起きるのか。EVバス問題は極めて象徴的な事例だと思います。
まず目的合理性です。本来の目的は「安全・安定輸送」だったはずです。しかし意思決定の軸は、「万博でEVを走らせたい」という政策的な目標が上位になったように見えます。
次に手段合理性です。実績の乏しいメーカーを選び、検証も不十分。さらに段階的導入ではなく190台を一括導入してしまっています。
最後に制度合理性です。バスを走らせる子会社の大阪シティバスの最低評価の声は届かず、ガバナンスは機能せず、異論が封殺されたといえます。
AIに聞いてみると、別の視点からまとめてくれました。
手段が目的化して、目的が狂うと、手段が目的を乗っ取ります。
- 目的が狂うと、手段が目的化し、空気が支配し、異論が封殺される。
- 手段が狂うと、検証の省略、データ軽視、ガバナンス形骸化が起こる。
- あるべき制度が狂うと、誤った目的・手段が止められず、組織が暴走する。
今回の報告書により、EVそのものが問題だったのではなく、「EVを導入する」という前提のせいで組織が硬直化してしまったのだと私は感じました。
本来、現場の懸念や子会社の評価結果はより良い意思決定のための重要な情報だったはずです。しかし、それが十分に機能しなかった結果、組織として軌道修正する機会を失ったのではないでしょうか。
とはいえ、判断に迷った場合、経営層はどうすればよいのでしょうか。 AIに質問してみると、以下のように答えました。
・目的外の判断をした場合の“説明責任”を徹底しなさい。
・目的に反する意思決定をした場合の“撤退基準”を明確化にしなさい。
では、その責任を果たし、勇気を持って撤退することが本当にできるのでしょうか? 結局、人間はAIと違って、それが難しいということなのでしょう。
