「総務やさん」第1086号

●世界が注目する「Matcha」、老舗企業あいやが広めたいもの

●世界が注目する「Matcha」、老舗企業あいやが広めたいもの

                 ・・・・吉子 泰仁(よしこやすひと)

 「お~いお茶」で日本ではお馴染みの伊藤園ですが、近年は海外にも積極的に進出しています。2025年にはメジャーリーグ・ベースボール(MLB)とドジャースとパートナーシップ契約を結び、さらに2026年開催のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のオフィシャルグローバルパートナーに就任しました。この伊藤園に代表されるように、日本茶はスポーツやエンターテインメントの舞台でもグローバルに注目される時代になってきたようです。

 日本の主な緑茶輸出先は米国32%だそうですが、実は伊藤園よりも前から日本のお茶を海外に広めてきた会社が愛知にあります。1888年創業の「あいや」です。同社が北米へ展開し始めたのは1983年。ただし、お茶といっても「Matcha」をメインに広めています。

 欧米やアジアのカフェチェーンでは抹茶ラテや抹茶スイーツが定番商品として定着し、抹茶の輸出量は年々増加しています。抹茶といえば宇治が有名ですが、愛知県西尾市も抹茶生産30%を占める日本有数の産地です。その土地に本拠を構えるのが「あいや」なのです。
 ロサンゼルス、ハンブルク、上海、バンコクにも海外法人があり、自らの事業領域を伝統的な「飲む抹茶」に限定せず、洋菓子やアイスなどの「食べる抹茶」市場を切り開き、売上6割以上が海外向けだそうです。

 同社は抹茶を「文化資源」として位置づけています。茶道に根差した美意識を伴う飲用体験を世界に届けることを使命とし、海外の消費者に対しても「抹茶の背景にある日本文化」を理解してもらうための活動を積極的に展開しています。
 例えば、海外の大学や料理学校と連携し、抹茶の歴史や製法を学ぶプログラムを提供するなど、教育的なアプローチを重視しています。このような文化的価値の発信は、消費者が「抹茶を飲むことは日本文化を体験すること」と認識してもらうことにつながり、ブランドとしての独自性を確立できます。
 売上をあげるための商品の差別化ではなく、背景にある文化やストーリーを伝えるという、モノ消費からコト消費そしてイミ消費へという時代の”消費”の潮流に、「あいや」の取り組みが追いついたといえるかもしれません。

 ただ、Matchaの文化を広めるには、それを担う人材の育成が不可欠です。同社は、例えば、抹茶ミュージアム「和く和く」を本社敷地内に設立して社員も文化発信の担い手として関わるようにしたり、若手社員を海外の茶関連イベントや展示会に派遣して、現地での消費者ニーズや文化的背景を直接体験させ現場で文化を伝える力を養成したりしています。さらに、技術者にも、抹茶の精神性や礼法を理解する茶道・日本文化研修プログラムを実施し、茶道の基本を学ばせ「文化の語り部」へと育成しているといいます。
 これらのプログラムは、単なる抹茶製造をする会社の社員教育ではなく「文化を広めるための基盤」となる人財教育と言えるのではないでしょうか。

 抹茶の魅力を世界に伝えるのに、社員一人ひとりを文化の担い手とする背景には、抹茶を「商品」ではなく「文化」とし、その文化的価値を世界に発信することを「企業の存在意義」として捉えているからだと思います。
 創業から100年以上続く企業に共通するのは「伝統と革新の両立」とよく言われます。
 伝統的な製法や品質基準を守り抜く一方で、海外市場への展開や新しい商品開発に挑戦するとき、その根幹にあるのは、「企業理念の実践」です。人材を育て、文化を広め、社会に貢献するという姿勢そのものが、結果として企業の持続的な成長を支えているのではないかと思います。

 貿易統計をみると世界市場での抹茶人気は一過性のブームではないようです。この潮流を単なる「輸出拡大のチャンス」と捉えるのであれば、いわゆる大量生産への転換もあると思いますが、同社は伝統の茶臼製法をとっています。数ミクロンの茶道用高級抹茶は1台の茶臼で約40gしかできないそうですが、高品質な抹茶を生みだすために、茶臼の目立て職人たちが匠の技を磨き、貴重な微粒子を作り上げる茶臼を綿々と受け継いでいるのです。

 あいやは、マーケティングの話で言えば「コトラーの戦略的マーケティング」にある”裸足の国で靴を売る”のように、抹茶の市場を綿密に分析をしてきたのかもしれません。しかし、抹茶を楽しむ文化が残ったのが日本だけのなか、その文化の語り部として世界に抹茶を広め歩く姿は、さながらキリスト教宣教師のようではないでしょうか。
 あいや創業200年の頃はもしかしたら、MatchaはCoffeeと肩を並べているかもしれません。

【参考】
1.伊藤園 「お~いお茶」ブランドがオフィシャルグリーンティーとしても採用、World Baseball Classic のグローバルパートナーに決定
https://www.itoen.co.jp/news/article/81988/

2.西尾抹茶のあいや
https://www.matcha.co.jp/history/#matcha-history

3.nippon.com「世界を沸かす日本の抹茶:市場規模拡大へ官民挙げて猛チャージ」
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02563/