「総務やさん」第1104号

●『プラダを着た悪魔』2006年公開から20年の今、組織に必要なもの

・・・・吉子 泰仁(よしこやすひと)

 「彼女は“ありがとう”のひとことさえない。なのに、私が少しでも失敗すると……まるで悪魔みたいに責め立てるの」
 「辞めたら、君の代わりなんて5分で見つかる。本気でこの仕事を欲しがる子をね。アンディ、真剣になりなさい。あなたは努力してない。ただ文句を言ってるだけだ」

 これは2006年に公開された『プラダを着た悪魔』のワンシーンです。

 アンディ(アン・ハサウェイ)は、ファッション誌の編集長アシスタントに採用された、有名大学を卒業したばかりのミレニアル世代。編集長の態度や職場環境についての愚痴をこぼすと、同僚であるナイジェルに上記のように叱咤されます。一見突き放したような言葉に見えますが、これをきっかけにアンディは覚醒し、成長していきます。

 彼女の本質は、仕事にやりがいを求め、自らキャリアアップをしようとする、ある意味米国の仕事観を体現する人物だと思います。
 アメリカにおける就職は、言葉の通り“職務(Job)に就く”です。成果と専門性がキャリアを形づくり、会社はその舞台にすぎません。特にプロフェッショナルなキャリアや仕事の主語は常に“自分”であり、主体性と成長意欲が前提となります。
 一方、日本は“就社”の文化です。就職とは「会社に入ること」であり、配属やキャリアは会社が決めるものという認識です。長期雇用を前提にしており、社員は組織への適応が求められ、専門性よりも協調性が重視されます。

 「追いつけ追い越せ!」で戦後の日本は成長しました。ただ、バブル崩壊から30年以上経った2026年現在、日本は欧米型に移行したわけでも、旧来の就社文化が残っているわけでもありません。むしろ「がんばらず、いかに効率よく生きるか?」という価値観が台頭してきています。

 昨年暮れに出版された書籍『仕事に「生きがい」はいりません 30年の調査データが明かすZ世代のリアル』では、Z世代をこう表現しています。
 “情熱を持つ上司を理想とするのは1割以下、「がんばれば報われる」は死語、成功は「ガチャ(運)」で決まると思う人が増加。”

 つまり、Z世代はタイパとコスパを重視した無駄のない働き方を求める時代だと説明しているのです。これは、働き方改革が進むなかで、企業側も「負荷を減らす」ことに注力してきて、社会全体に“ストレスフリーで働けること”が就社の極めて重要な選択軸になっていることも大きく関係していると思われます。

 映画のなかのアンディを見たら「情熱や努力なくして成長なんかないぞ!、ちょっとは彼女を見習え!」「昔の企業はあれが普通だった!」と懐かしむ団塊の世代もいるかもしれません。今なら、アンディの上司である編集長のミランダは確実にパワハラ認定されるでしょう。
 自ら厳しい環境に飛び込み”やりがい”重視でキャリアを求めるアンディのような若手は今も確かにいますが、あくまで少数派です。

 仕事が人生の中心であることを強要される、失敗したら怒られる、できないと否定される、目立つと周囲から疎まれる……こうした“リスクの高い環境”で働くことを回避しようとする人が多数派となっている現在、人材マネジメントには何が重要になるのでしょうか?

 そのヒントは映画のなかにあるように思います。 「She doesn’t even say thank you.」  このアンディの声にどう応えるかが鍵になるのではないでしょうか。

 必要なのは「承認」です。  承認が果たす役割としては、以下のようなものがあります。  

1.人間関係不安を下げる(拒否回避欲求の緩和)  

2.関係性の摩擦やストレスを減らす(心理的安全性)  

3.望ましい行動の再現性を高める(行動の強化)

 Z世代は情熱を表に出さないだけで、自分が傾倒する領域では驚くほど努力するという特長があります。Z世代が安心して動き出すためには、「承認」を含む人間関係・環境整備は初期条件として必要だと思います。

 アンディは自身の有能性を示した後、映画の終盤、自らの意思で夢にむかって転職をします。
 もし、ミランダがもっと早くアンディを評価し、承認と労わりの言葉をかけていたら……いやいや、それではきっと5月から公開が始まった『プラダを着た悪魔2』を見ることはできなかったでしょう。
 実は、まだ私は新作を見ていません。20年の時を経て、どのような展開になっているのか楽しみです。

【参考】

・『プラダを着た悪魔』(The Devil Wears Prada) 2006年公開 20th Century Studios.

・『仕事に「生きがい」はいりません 30年の調査データが明かすZ世代のリアル』
 SBクリエイティブ 金間大介・酒井崇匡