「総務やさん」第1010号

●合計特殊出生率 0.94から1.97へ

・・・・吉子 泰仁(よしこやすひと)

 タイトルを見て「ええ?!」と思った方もいるかもしれません。
 実はこれ、“伊藤忠商事における”2011年3月期から2022年3月期の出生率です。出生率算出のN数は示されていませんが、伊藤忠商事は従業員約4100人、全社における女性従業員比率24.3%(2023年3月末時点)とありますので、約1000人が対象だと思われます。
 7機関の就職人気企業ランキングで商社業界4年連続第1位という伊藤忠商事。この出生率を見るに、女性からの人気もおそらく上がっているのではないでしょうか。

 では、この出生率の上昇は何が要因になっているのでしょう?

 その要因の一つは、働き方改革のようです。
 伊藤忠商事のホームページには「朝型勤務導入以降、女性社員の出生率が上昇しており、2021年度は全国1.30や東京都1.08に対し1.97となりました。これは、朝型勤務をはじめとした一連の“働き方改革”が奏功した結果と捉えています」とのコメントが載っています。
 朝型勤務の導入に関わった小林文彦副社長は「生産性の向上を目指したが、それが出生率に影響を与えるとは考えもしなかった」と振り返っています。つまり「朝型勤務」はそもそも出生率UPを狙っていたものではないわけです。

 2010年1月、育児休業からの計画的な復帰等、出産後も働き続ける意欲を持つ社員を支援する取り組みとして企業所内託児所「I-Kids」開設にはじまり、現代表取締役会長CEO岡藤正広氏が第11代の代表取締役社長になっていわゆる“働き方改革”が本格化。
 2013年に20時から22時までのオフィス勤務を原則禁止というルールを導入したのが「朝型勤務」。当時業界トップに追いつこうとしていた企業として「他社よりももっと働け!」となるのかと思いきや、まさかの逆張り戦略。
 「短期間で集中して残りは自分の時間を大事にすることだ」と岡藤氏は述べたそうです。さらに「夜遅くまで働くのが当たり前」からの転換のために、早朝5時から9時までの勤務に手当を支払うとし、そのうえに朝8時以前に出勤した社員には軽食を3品無料配布という驚きの待遇。
 で、なんと一人当たりの連結純利益は2011年3月期と比較すると22年3月期は5倍超に。2022年5月からは15時に仕事を切り上げて帰宅することができるようです。

 この働き方は少子化対策のヒントになるか? 皆さんはどう思われますか? 「いやいや、平均年収の高い総合商社だから出来たことだからね」という声も上がると思いますが……。

 今年1月に株式会社ワーク・ライフバランスが行った「第5回働き方改革に関するアンケート」で、20~49歳までの562人の回答結果が次のようにまとめられています。

 「子どもを産み育てたい(“子どもがすでにいたとしてもさらに持ちたい”を含む)」と思える理想的な労働時間は1日「5時間以上~7時間未満」だった。現行の労働基準法第32条および第40条では、法定労働時間が1週間に40時間以内、1日に8時間以内と定められているが、少子化対策を考えると基準となる法定労働時間のさらなる短縮や時間外労働に対する割増賃金率の増加が求められることが推測される。
 ただし、労働時間を短くすればするほどよい、というわけではなく、理想の労働時間が「5時間未満」であった場合、追加で欲しい子どもの数は比較的少なく、子どもをさらに欲しいと思えるためには、適度な労働時間(により必要な収入を自力で得られる自信を持てること)が求められていることが推測できる。「7~8時間未満」や「8時間以上」の労働時間においては、子どもを追加で持ちたいと考える人の数は少なくなっている。

 まとめにある“適度な労働時間”の後の括弧のなかに記載されている推測内容のように、“子どもを産み育てるために必要な収入を得られる”という安心できる気持ちが根底にあるのは事実だろうと思います。とすれば、大手に限定したら、出産や子育てと長時間労働を天秤にかけてどちらかを諦めるという働く女性を減らすためのトリガーにはなりそうですね。

 また別の事例として、深夜労働時間76%、休日労働時間55%を削減し、前年度以上の成果を上げ労働生産性向上を実現したのがリクルートスタッフィングです。同社は女性の両立不安を解消し、2014年に女性管理職比率40%を達成。女性従業員の出産数が2010年度と比べて1.8倍まで増加したことはその証左なのかもしれません。

【参考】
伊藤忠商事ホームページ「働きがいのある職場環境の整備」
https://www.itochu.co.jp/ja/ir/doc/annual_report/online2023/humanresource.html

伊藤忠商事ホームページ「働き方改革 朝型勤務 朝から残業、という逆転の発想。」
https://www.itochu.co.jp/ja/about/work_style/case01/index.html

出典:企業の働き方改革に関する実態調査(2023年度)
https://work-life-b.co.jp/20240322_27971.html

参考資料:「労働時間の上限を決めました」小室淑恵さんとリクルートスタッフィング社長に聞く、2016年の働きかた改革
https://www.huffingtonpost.jp/2016/03/04/komuro-nagashima-how-to-work-2016_n_9387852.html